記者会見を開くというニュースが飛び込み、「もしかすると」と思っていました。が、「昨年、私は、安倍前総理からバトンを引き継ぎまして、9月26日に総理に就任以来…」と話がはじまった時点で「ああ…この人もか…」と、がっかりしました。
この「がっかり」は、もっと福田政権が続いて欲しかったということではなく、一国の首相が、またもや責任を「投げ出す」という選択をしたことへの落胆です。読み上げられた辞任表明にあるように「困難を極めた」政局であったことは事実でしょう。
しかし、政権を担うことは「容易」であるはずはなく、「困難」を承知で引き受けたからには、ぼろぼろになっても、やるべきことを果たすまで戦い抜いていただきたかった。そうした政府の姿勢を、国民に見せてほしかったと思います。
「国民生活のことを第一に考えるならば、今ここで政治的な駆け引きで政治的な空白を生じるという政策実施の歩みを止めることがあってはなりません。この際、新しい布陣の下に、政策の実現を図ってまいらなければいけないと判断し、私は本日、辞任をすることを決意いたしました」
辞任表明がこのくだりに入ったときは、さすがに唖然としてしまいました。
「国民生活のことを第一に考えるなら」不景気にあえぐ中小企業にとって死活問題である経済政策など重要法案を通す努力を続けるべきです。一国の首相が任期途中で政権を投げ出すことは、政治の空白を生じさせないわけもなく、「政策実施の歩みを止める」行為そのものだと思います。「新しい布陣の下に」は、言い換えれば「選挙に勝てる布陣の下」にであり、「政治的な駆け引き」そのもの。国民より党を優先したことは、明白のように思えます。
今後、総裁選でメディアの注目を集め、計画通り「新しい布陣の下」、解散総選挙という筋立てが進んで行くでしょうが、だれが「選挙の顔」であっても、民主党にとっては、「政権交代を果たし、政治を国民の手に取り戻す」という約束を、国民に諮る時を得ることになります。
「1度、私たち民主党にやらせてください」
8月、新浦安駅で訴えていた前原副代表の声が耳に蘇ります。「万が一だめだったら次の選挙では全員落としていただいて結構です」そんな覚悟を持って、たとえぼろぼろになろうとも前進を続けていく強い決意が我々民主党にはあると確信しています。